みなさんこんにちは
今回は人にガチで嫌われやすい特徴の一つ「過去の栄光にすがり続ける人」の解説をしていこうと思います。もうタイトルでもあるように、過去ばっかり話しても何も意味はないので、それをこれから解説していこうと思います。
過去の栄光になるもの
まず過去の栄光になるものを紹介していきます。
賞やタイトルといったもの
まぁ栄光というくらいですから何かしらの賞がないとダメです。例えば昔にこの大会で1位になったことがあるとか、大きな大会で上位に入ったからとかで人に自慢してもおかしくないようなものが対象になります。
賞やタイトルというのは目にみえて活躍できた証なので、取れたら自信にもなりますし、当然のことながら自慢したくもなります。頑張ってきたものが認められるのは非常に嬉しいですからね。
嬉しいものは自慢したくなるよね
かなり活躍してた時期があった
賞やタイトルでははかれないものとして、何かしら活躍してて仕事などで第一線で動いてた時期がある人もこの栄光の対象になります。
花形部署にいたとか有名校を卒業したとかそういうのが多いと思います。まぁぶっちゃけていうとそういうところから下にいることになったのは何かしら失敗したと忖度してもいいかもしれません。
そりゃそうですよね、上にいくことは結果がでたか運なのかわからないことがありますが、下にくるということは少なくとも失敗しています。まぁだからといってそれをからかっていいとは言ってませんけどね。
マルチタスクに仕事こなしたい
過去の一時期だけ結果が出てた
これは判断が難しいこともあるのですが、たった1日だけ活躍していたとしても栄光も分類する人もいます。
例えばの話なのですが、部活の全国大会で強豪校相手にMVP並みの活躍をしたら人生で一番の出来として捉え、その日の試合の活躍を自慢するなんてこともあるかと思います。
ぶっちゃけていうとほんの一瞬活躍できるというのは私自身の考えからいくと努力をしていけば誰でも起こりえると思います。
なのでこの一時期だけ活躍したというのはさっきの二つとは違い、あんまり人に自慢していかないほうが身のためです。なぜなら人というのはそういう自慢話が出たときに必ずといって出てくるのが「自分のほうがすごかった」と変なマウントがあるので。
マウント取りはまじで相手にしたくない
いいこともある
他人から評価されやすい
目に見える形で評価されますから、初めて見た人からすればこの人すごいんだなと思うはずです。過去の栄光というのはそれだけでその人に価値を与えてくれるので正直ないよりあったほうがいいです。
でもその過去の栄光がその人の価値となるのはその初めて会ったときぐらいでしかないんですよね。その人と一緒にいて仕事ぶりをみたりして、失敗の頻度が多いと本当にこの人昔に賞取ったことあんのかなと疑いたくもなります。
栄光が高ければ高いほどそれだけ期待されている線も高いので、栄光にすがるのもいいですが、それだけリスクを負うことがあるということを忘れないでください。
尊敬されやすい
過去の栄光を話すとき、他人から評価されやすいというのと同時にこの人はすごい人なんだなと尊敬されることがあります。そりゃ過去の栄光がその人の価値なのですから、自分にない過去を持っていたら尊敬の対象になりますよね。
たださっきも言ったように、それだけ尊敬されたり評価をもらうとそれだけ期待値が大きいので何度もやらかすと評価はだだ下がりになってしまいます。
過去の栄光は確かにすごいことです。でもそればっかり固執してたら目の前の大事なものが見えなくなってしまいます。過去もすごいことなのですが、それをもとに今を頑張っていかないと誰もついていく人はいなくなります。
過去の栄光にすがってはいけない理由
ではここからなぜ過去の栄光にすがってはいけないかを解説していきます。
評価を得るにはこれからだから
過去の栄光というのはどれだけ活躍したとしても「過去」としてしか扱いません。人というのはそれをもとにこれから評価を得ていかないと生き残ることは出来ないのです。
過去は確かにすごい、じゃあ今もその力があるかどうかはまた別問題なのです。もとからある評価をさらに上げていくにはこれから努力を積みかさねていく必要があります。
過去を使い今の評価をあげていく
現実逃避してしまう
これが過去の栄光で一番あることだと思います。例えば今自分は無職なのに過去の栄光にすがりついて一生何もしないというパターンがあります。
自分は昔はすごかったんだ、だからこんな仕打ちを受けるのは間違ってる。世の中はクソだ。と何も努力もしなくなり、ただただ現実逃避して逃げるばかりになってしまいます。
さっきも言いましたが、過去の栄光はすごいことですし、評価の対象になり尊敬もされやすいです。だからといって何も努力しないのは自分から無能になりにいっているだけです。過去の栄光にすがりついて自分はすごい自分はすごいではさらなる成長はありませんよ。
ちゃんと現実と向き合いましょう
昔話ばかりでウザがられる
これたぶんみなさん同じ思いかもしれませんが、昔話を何度もされたり自慢話ばかりされるとかなりうざいです。そんな人は人の話なんて聞きませんし、他人の気持ちがわかりません。
自分の悩み相談をしたとしても結局自慢話ばっかりになって二度と相談しにくることはありません。しかも何が性質が悪いかというと相談してこない原因は自分じゃないと言い張ります。
無責任というわけではありませんが、自分に責任はないと考えを変えようとはしません。昔話や自慢話ばかりする人はうざいし責任を感じません。いくらこの人がすごい人だとしても人の話を聞かずに自分の話しかしない人は本当の意味で嫌われます。
こういう人は相手にしないというか議論をしないです
無能に思われる
何度もいいますが、昔はすごくても今はそうでないとただの無能扱いされます。あの人は〇〇だけ、それ以外は何もできない人とレッテルを張られる可能性があります。
まぁ単純な話、昔の自慢話を聞かされても今何もできないんじゃ何も信用はなくなりますよね。過去の栄光話はネタとしてはいいかもしれませんが、何回も何回も話すようなことではありません。
大事なのは努力を続け、今の自分の価値を与えることです。過去も十分価値になりますが、それを自ら更新していかなければなりません。そうしていくことで自然と周りからの信頼を勝ち取っていけるはずです。
無能な人ってこれ多いよね
自分より下だと思う人の話を聞かない
一番わかりやすいのが学歴です。人を学歴でしか見れない人は何か精神でも病んでるのかという勢いでやばいと思います。
こんなやつしないと思いますが、自分より学歴が低いやつのいうことは聞きたくない。俺より立場が低そうな人間のいうことなんか聞きたくないなんてことしたら即左遷レベルです。
まぁ漫画動画などでこんな人を描いてたりすることがありますが、現実こんなのがいるほうが珍しいですし、私の人生でこういう人を見たことがありません。
ちなみに人の話を聞かないということはそれだけ情報を知るタイミングを逃しているので、思わぬ貴重な情報を知らずに生きていくことになります。
人の話を聞かないということはそれだけ成長の度合いも遅れますし、何しろ考える余地もなくなります。人の話を聞いておけば、この話の意図はなんだろうか、おそらくこういう結論を出してほしいのかなどの仮説を立てることができます。
明らかに意味のない話は聞かなくても大丈夫ですが、自分の知らない情報が少なくとも最初のうちは聞いておく必要があります。過去がどれだけすごくても自分の知らない情報はまだまだたくさんあります。一度聞くだけでも価値があるとは思いませんか?
知るは一時の恥、知らぬは一生の恥
失敗しても反省しない
これも多いです。何かしら失敗しても自分には〇〇があるからと、今ある現実から受け入れようとはしません。
人というのは失敗する生き物です。だからこそ反省をし、次に活かして最終的に成功という二文字を勝ち取るのです。
よくPDCAサイクルを回せと言われますが、その反省というのは「A:Action」に当たります。この反省がなければ次に進むことが出来なくなります。過去の栄光にすがるとその反省がなくなり、現実逃避をして成功にはほど遠い場所に居座ってしまいます。
なかなか過去の栄光から離れられない人が多いとは思いますが、一番効果的なのが誰も周りに人が集まらないことです。誰も人がいないと自慢することもなくなり、誰にも相手にされなくて勝手につぶれていきます。もしあなたの周りにこんな人がいたら今すぐ離れてください。あなたの人生にその人がいなくなっても何も問題はないので。
過去の栄光にこだわると人が離れていく
自慢話が続き、努力も反省もしない、そうなると他人からはめんどくさい奴と認定され誰からも相手にされない。つまり、周りから人が離れていくのです。
誰も好き好んで他人の自慢話なんか聞きたくありません。しかも話してる本人は人にうざがられてる自覚もないのでほんとめんどくさいのです。
聞いてもいないのに勝手に自分の話ばっかされたら腹立ちますよね。そんなに自慢したけりゃ野良猫に話してたほうがましです。
ただ過去の自慢話をする人は目上の人ばかりな気もしますので、なかなか言えないというのが現状です。もし自慢話されても議論せず、はいはいと流すしか手の施しようがないです。
自慢話する奴は人の話を聞かないので議論はするだけ無駄
過去にこだわる人はこれからどうすべきか
過去は過去
過去も大事ですが、今現在のことも大事です。今どれだけ出来るかで今後の評価が変わってくるのですから、いつまでも過去のことを引っ張ってきてはいけません。
過去は凄くても今もすごいかどうかは別の話です。昔の時点での力量と今の時点での力量は全く違いますし、そもそもずっと力量が同じなら全然大したことないのです。
過去を捨てるなとはいいません。大事なのは過去と比較して今はどれくらい成長したかです。過去と同じなら自慢するようなことはしてはいけません。それは努力してないのと同じです。
今の自分は確実に過去があるから成り立っているのですからその過去を活用していかないとただただ自慢するだけのウザい奴に成り下がってしまいますので、努力を止めてはいけません。
努力を止めるな
経験値としてなら活用可能
過去を活かすということは経験値として蓄えておくことが可能です。経験というのは何事にも勝るもので、経験しているからこそ次何するかがすぐにわかるわけです。
過去より今が大事ではありますが、今を作るには過去の経験を活かす必要もあります。なのでこれからは自慢をするために過去の話をするよではなく、これからのために過去の話を話していきましょう。
自慢話より誰にも役に立つ話のほうが他人は聞いてもらえます。人間関係を円滑に行うためにも過去は経験談として現場に活用していきましょう。
「やったことがある」というだけでどれだけ安心するか
まとめ
過去にすがるのではなく活かす
過去に頼っていつまでも現実逃避して逃げ続けて努力も反省もしないのではなく、経験として次へと活かすのです。過去は捨てる必要はないです。むしろ過去の経験がないと人は行動していけません。
過去こういうことがあったから次こうしよう。この話はみんなにも使えるから共有していこうなど、情報の一つとして活用するのです。
そうすれば自然と人が集まり、それぞれの経験を活かして最高にいいものが仕上がるはずです。今日から自慢話はやめて経験談として変えていきましょう。もしかしたらあなたの今後が変わるかもしれません。
性格は変わらないが考え方を変える
まぁだからといってすぐに出来てしまうほど人というのは未熟なものです。特に性格は変わらないもので、死ぬまで変わらないことなんて多いです。
じゃあどうするかというと考え方を変えるのです。性格は怒りっぽいとか飽きっぽいなどの感情的な部分ですが、考え方は論理的なものです。
この問題にはいくつも解があってその中から経験や他人の話から最適な答えを導き出すといったところです。こういった論理的な部分は意外とすぐに変えられるので性格ではなく考え方を変えるようにしましょう。
性格は無理でも思想は変えられる
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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